バキは固い人間です 椿野蒼
「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」
この言葉は僕が持っている3つの座右の銘のうち最後に見つけた格言です。堀江貴文さんがある年の近畿大学卒業式のスピーチで言った言葉です(YouTubeで見つけました)。堀江さんは、グローバル化が進む世に突入する上で大事にしてほしいということでこの言葉を語りました。ただ、この言葉は自分のような人間には日々意識しなければならない気がしました。
僕は今まで、小学校、中学校、高校と、勉強にしてもサッカーにしてもそれなりに上手くいってきました。でもそれは上辺だけ。勉強も見栄を張って賢い人らの話に混じってみたり、サッカーも根性論を唱えて闇雲に取り組んでみたり。どちらも周りの大人たちに褒められたいがための行動でした。ただ先生に好かれて成績を上げたい、スタメンで出たい。親に凄いと言われたい。動機が全てそれでした。それを繰り返せば必然的に中身、つまり質の部分は伴いません。全てその場しのぎです。勉強にしてもサッカーにしても"考える"ことを放棄しました。それでもどうにかなっていたからです。しかしそれとは裏腹に友達をはじめとして周りからの評価は高くなり、自分自身を追い込むことに繋がっていました。それすらも思い込みだったのかもしれません。これを高校の終わりまで繰り返しました。高校の終盤になるにつれて少しずつボロが出始めました。選手権に残ったもののケガをして出られず、受験に失敗し、まさしく「二兎を追う者は一兎をも得ず」状態でした。一浪してなんとか九大に受かりサッカー部に入部しました。大学でサッカー部に入ることは高校の時から決めていました。しかし九大サッカー部に入って自分の中のプライドが一気に崩れました。今まではポジション争いというものもあまり経験せず、試合に出られるのが当たり前に近い感覚でした。自信もありました。でも大学になって同じポジションで自分より上手い人がいるチームに初めて来ました。パスサッカーなんてものはしたことがなかったし、ボールを奪ったら前線に無理に蹴る、走る、というサッカーしか経験してこなかったので戸惑いが正直大きかったです。自分が試合は愚かAチームでプレーすることさえできないのは、プライドが邪魔をして納得がいかない時が多かったけれど、本当は頭ではそこまでの能力がないことは分かっていました。もともと持っているケガを言い訳にして自分に甘えて、現実逃避ばかり続きました。自分はサッカーが下手だと認めたくない一心でした。
ある時、iPhoneのメモを開いてボーッと見ていたら、最初に書いた「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」と書かれたメモがありました。良いなと思って書き留めていたっぽいです。これを見て、今までの自分は未来(チャレンジ)を恐れて、過去に執着しまくって、今から目を逸らしているなと思いました。自分のこんな些細なメモが自分が弱すぎる人だと突きつけてくるとは思わなかったですし、急に世界が変わりました。これは今年の1月にあったことなのでつい最近です。それからは、真摯にサッカーや他のことにも向き合えている気がします。周りから見たらまだまだかもしれないけど、考えようとしながらサッカーをするのは凄い楽しいです。自分を認めた瞬間に辛かったものが楽しくなりました。自分に対する期待感が大きかっただけのことではありますが、自信が過信に変わっていました。良くあることなのかもしれませんが、自分の身に起こると意外と気付かないんだなと思いました。自分に期待し過ぎるのはその落差があった時に対応できません。メンタルを強くするというのは、自分が良かろうが悪かろうが成功しようが失敗しようが自分を受け入れる、認める体制を作っておくことだと思います。メンタルは鍛えても普通簡単には強くならないと思います。それでも、今の自分をしょうがなく認める。それぐらいの気持ちならやれそうな気がします。このような気持ちになれただけでサッカー部に入った甲斐があったなと思います。成長しました!過去に執着せず、今の自分を褒めながら貶しながらそれでも認めてやっていこうと思います。
こんな感じでフランクにいこうと思っても結局固い話になってしまうバキでした。
長くダラダラとした文章を最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
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次回の更新は3月11日月曜日、椿野の指名で一年、浅田颯が担当します📣
お楽しみに!!
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