引退ブログ「振り返る」棟加登大蔵
こんにちは。元九州大学サッカー部4年の棟加登大蔵です。僕のブログを読んでくださりありがとうございます。今回は、前回のブログの続きのようなものを書いていこうと思います。少し長くなるかもしれませんが、よろしくお願いします。
やはり卒業ブログだから、サッカーのことについて書こうと思う。前回のブログでは僕の小中高のサッカー人生は書いたから、今回は大学でのサッカー人生を書いていきたい。
【大学1年生】
高校でサッカーが出来なかったこともあり、大学ではサッカー部に入ることを決めていた僕は、他のサークルの体験をそこそこに、サッカー部の体験に何回も行っていた。はじめは全然動けなかったけど、大人数でサッカーをすることが楽しくて、先輩達も優しかったことからすぐに入部を決めたことを覚えている。(はじめに名前を覚えてくれて話しかけてくれたのはひとつ上の代の晃平さんでした。ありがとうございます。)練習最後の紅白戦には出ないことの方が多かったけれど、隅っこでする体幹や、練習後みんなと話したりするのが意外に楽しかったから、苦もなくサッカー部を続けることができた。
【大学2年生】
大学2年生では、交換留学に行っていたため、5ヶ月ほどしかサッカー部としてサッカーをしていなかった。留学中はサッカー部のみんなの近況を聞くのが楽しかった。特に同期が試合にたくさん出るようになったり、後輩が頭角をあらわしたりするのを楽しみにいつもTwitterの速報を追っていた。自分自身は、一応留学先でサッカーをしていたため、色んな国のサッカーを知ることができたのである意味成長できた気がする。留学当初、帰国後はプレイヤーとして復帰しないつもりでいた。しかし帰国することにはサッカーがしたくてたまらなくなり、プレイヤーとして復帰した。
【大学3年生】
九大サッカー部としての活動が約1年ぶりで、練習についていけるか心配だったが、コロナで活動自粛期間中だったこともありゆっくりと自分のコンディションをも出すことが出来た。この1年間は自分の中で1番サッカーが好きだった1年間だと思う。先輩の怪我のため、リーグのメンバーに入ることも数回出来たし、自分自身の成長も1番大きかった時期だったと思う。実質活動期間は短かったが、自分の中でとても充実した1年だった。
【大学4年生】
いよいよ自分たちの代が回ってきた。キャプテン決めのミーティングや、ゲームモデルを決めるミーティング、たくさんのミーティングをしてきたがどれも鮮明に覚えている。指導者のいない中で、自分達で物事を決める難しさと面白さを噛み締めたシーズン前半だった。自分自身はBチームのキャプテンという立場についた。これに関しては反省点はたくさんあった。夏ごろBチームのモチベーションがどんどん落ちていったことや、自分の牽引力の無さに落胆することもあった。しかし、人には得手不得手があり頼ることも大事だということをこの一年で学んだ。戦術面の指示はこうたがたくさんしてくれたし、やなけんはスタッフとしてBチームも牽引した上で県リーグでも戦ってくれた。他にもBチームのみんながチームが勝つために日々努力してくれたおかげで、県リーグ最終試合でも勝つことができた。そんな中で自分は、牽引型リーダーシップは発揮できなくても、参加型リーダーシップの意識を持って頑張れたと思う。練習や試合の中で常に声を出すことは意識したし、チームメンバーの相談に乗ることもたくさんあった。そういう意味では自分の存在は派手ではなかったけれど、少しは役に立ったのかもしれない。
こんな感じで振り返ってみたが、感じることやはり九大サッカー部で出会った人は本当にみんな素敵な人だったということだ。前回のブログで、なぜ大学サッカーをするのか?という問いを残していたが、結論はこれにつきる。みんなと出会えて、一緒にたくさん悩んで、一生懸命サッカーをすることが、僕にとってわざわざ大学に入ってまでサッカーをする理由だった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。自分が何不自由なくこれまでサッカーを続けることが出来たのは周りの方々のおかげです。本当にありがとうございました。今後も九州大学サッカー部を応援のほど、よろしくお願いします。
現・九大サッカー部の人達は、たまに練習や試合に行く予定なのでその時は相手してください笑
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