引退ブログ 黒木紘一郎 「サッカーは厳しい、そして素晴らしい」
12年間続けたサッカーを引退した。
小学校高学年の時、地元のクラブでサッカーを始めた。同期の中で入団が遅く運動神経も悪かったから、公式戦では1度もレギュラーとして試合に出ることができなかった。同期の殆どが試合で活躍していたことも相まって、当時の自分にとってあまりにも悔しく、大きな挫折だった。
その後地元中学のサッカー部に入部。小学校からの同期が何人も先輩の試合に出ている中、自分はBチームでのプレーが続いた。それが本当に悔しくて、毎日自主練した。同期が遊んでいる時、サボっている時、ひたすら一人でボールを蹴り続けた。2年になり、気づいたら試合に出るようになり、チームの主力になった。早生まれで県選抜に入った。チームも県8強になった。努力している、という感覚はなかったけど、やり続ければちゃんと上達することを知った。どんどん上達して、試合で活躍できるようになって、サッカーがすごく楽しくなって、より好きになった。
中学で得た凄まじいモチベーションを保ったまま高校のサッカー部に入った。しかし、リーグでは常に降格争い、トーナメントではくじ運に恵まれずなかなか勝てない期間が続いた。最後の県総体も1回戦で鵬翔高校に大敗。入部当初思い描いていた結果は全く残せず、不完全燃焼のまま高校サッカーが終わった。
そして、サッカーを本気でやり切りたい一心でこの九州大学サッカー部に入部した。チームの目標は1部昇格。チームのために自分の全てを出し切りたい、試合に出て活躍し、1部昇格に貢献したいという思いで4年間過ごした。しかし、現実は甘くなかった。1年の夏に足首靭帯を断裂し、約10ヶ月サッカーができなかった時は、復帰した姿が想像できなくて本当にしんどかったし、3年で出場機会が無くなった時は、日々の練習が試合に直結するイメージが湧かなくて、何を目的に練習すればいいのか分からなくなったこともあった。
最上級生となった最後の1年は、1部入替戦に手が届きそうな所まで行くも結局4位で終わってしまい、目標の1部昇格は成し遂げられなかった。敗戦した試合で自分が決定機を逃し、失点に絡んでしまったことが昇格の可能性を潰したと思うと凄く悔しいし、チームメイトに対して本当に申し訳ない。
サッカーは本当に厳しい。
挫折ばかりのサッカー人生で、正直最後まで望む結果を得ることができなかった。
だけど、ここまでサッカーを続けてきて本当に良かった。日々のサッカーを心から楽しむことができた。良くも悪くも、自分の限界が見える段階までやり切ることができた。
そして、今後も一生会い続けるであろう仲間達、人として大切なことをサッカーがもたらしてくれた。サッカーで大成することはできなかったが、サッカーをしてなければ感じられなかった喜びや達成感、挫折や悔しさを経験して大人になれたことに大きな意味がある。
サッカーは素晴らしい。
そして何より最後のチームが九州大学サッカー部で良かった。
サッカー部での活動は勿論、授業、遊び、旅行、アルバイト、車校…大学生活での思い出のほとんどがサッカー部の仲間と過ごしたことばかり。
iPhoneのカメラロールもサッカー部の写真で埋め尽くされている。
サッカー部の仲間と苦楽を共にした時間は、とてつもなく充実していた。
これから本気でサッカーに取り組めなくなるのが寂しい。
勝利やゴールの喜びを皆で共有できなくなるのが寂しい。
仲間と遊んだり、ご飯食べに行って時間を忘れる程話したりできなくなるのが寂しい。
サッカー部での時間が本当に恋しい。
自分にとって、「大学生活=九州大学サッカー部」だった。
色んな人に支えられながらここまでサッカーを続けることができ、とても幸せでした。今まで僕に関わって下さった全ての方に感謝します。
本当にありがとうございました。
p.s.
後輩達には1部昇格に向けて頑張って欲しいです。福岡で就職するので、サッカー部のファンとして試合を観に行きます!これからの九州大学サッカー部の活躍を期待しています。
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